ネットワークでつくる放射能汚染地図 事故から3年(後)
NHK ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図 2014.3.15. <br />~福島原発事故から3年~ (後半 <br />部分) <br /> <br />ETV特集は、2011年の東京電力福島第一原発事故の直後から科学者たちと共に被災地に入り独自に調査・取材を続け「ネットワークでつくる放射能汚染地図~福島原発事故から2か月~」を放送した。番組は、それまで伝えられていなかった放射性物質による汚染の深刻な実態と、事故に翻弄され苦しむ人々の姿を伝え、大きな反響を呼んだ。 <br /> <br />あれから3年、放射能汚染はどう変化し、事故直後に出会った人々は、今どんな現実に直面しているのだろうかー。 <br /> <br />放射線測定の第一人者・岡野眞治博士(86歳)は今回、福島県内のさまざまな地点であらためて放射線を計測、3年前のデータと比較した。その結果、全体的に放射線量は半分近くに減ってきたこと、しかし一部にはまだ高い線量の場所が残っていることなどが明らかになった。今後放射線量の減り方は緩やかになり、事故前のレベルに下がるのは300年後だという。 <br /> <br />3年前、浪江町赤宇木(あこうぎ)の集会所には、高い線量を知らされずに避難を続ける人々がいた。さらに極寒の体育館に二人だけで身を潜めていた老夫婦。エサをやれず5万羽の鶏を餓死させた養鶏場の経営者・・・。今回彼らの居場所を探し訪ねてみると、出口の見えない避難生活に疲れ、心身共に追い詰められていた。故郷に帰るめどは立っていない。 <br /> <br />飯館村では広大な農地が汚染された。農業の夢を奪われた農家の青年は、今、慣れない職場を転々とする。一方で科学者たちと協力し水田の除染を実施、農業再生に取り組む農家もいる。福島市で子どもたちを被ばくから守ろうとしていた親の中には、その後子どもを連れて移住した人がいる。一方、福島に残った人たちは、徹底した放射能対策を行いながら保育園の園児の被ばく量を低く抑えようとしていた。 <br /> <br />科学者たちは放射能汚染の実態と放射線被ばくの影響を正確に知ろうと、いまも努力を続けている。岩手大の科学者は、汚染地帯の牧場で放し飼いにされている牛の血液をサンプリング、死んだ牛を解剖し臓器も調べ、哺乳動物への被ばくの影響を解明しようとしている。海の放射能を測定している科学者たちは、福島第一原発から今も汚染水が漏れ続けていることを明らかにした。 <br /> <br />放射能汚染の実態を明らかにする「科学の地図」と「人間の地図」。3年の歳月を経て見えてきたものは、汚染による終わることのない苦悩と、もがき苦しみながらも未来を模索し懸命に生きる人々の姿だった。